箱庭SSまとめ

Last-modified: Fri, 27 Oct 2023 17:44:23 JST (183d)
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以下は番外編SSのまとめになります。

大元小説のオマケ番外編SS

(なろう版と展開が違う為、一部改変したり閉じたりしてあります)
初期&リメイク前のページにて、なろう版との差異を解説してあるので
補足が必要な場合はそちらをどうぞ!

散る羽根に霞む視点

空に架ける極彩の視点

頭胴長七センチの視点

聖なる不死者の視点

一年の九割九分が休日な医者の視点

完結御礼トークショー

ブログに載せた番外編SS

https://ao-san3.blog.jp/archives/1075339685.html (ブログ内のまとめページリンク)

+  懐かしい甘さに、苦味を感じた(クリックで展開)

 

『懐かしい甘さに、苦味を感じた』 2019’3.14

 緑髪の青年、もとい少年は即座に思考をフル回転させた。

 自らの身体的な違和感――低くなった視点、妙に軽い体、握れば柔らかい手の平、コレはアレだ。体が小さくなっている。ただし肌の質感が変わっていることからして、単に小さくなったのではなく幼くなったというほうが正しいだろう。

 こうなる直前までの記憶もある。親友である研究オタクな獣人が飲もうとしていた飲み物を、彼の部屋にアポ無しで訪れた自分が横から奪い取って飲んだのだ。

 その家の住人が飲もうとしていた物なのだから、毒なんて入っているとは思わない。自分は間違っていない。

人の物を無断で奪い取ることに関しては完全に間違っているはずなのだが、「大体全部俺の物」を地で行く上に実際そういう立場の彼は気付いていない。

 庶民に比べて高すぎる自己肯定は、他者が聞けば「うわぁ……」と一歩引くに違いないが、これらはすべてコンマ一秒も掛からない間に脳内で結論を出したものに過ぎないので特に周囲に影響は無い。

 コンマ一秒前まで青年だった少年は状況把握の後、メリットとデメリットを天秤にかけ、少し溜めてゆっくりと第一声をこう発する。

「すみません。ここがどこなのか、教えて頂けないでしょうか?」

 ゆったりと辺りを見回し戸惑いを見せつつ、けれど身長から推測される年齢のわりにはとても落ち着いて。

 当時の自分は大人は勿論、子ども相手にだって王族だからといってふんぞり返ったりはしていなかった。つまり猫まるかぶり。

 少年の問いかけを受けた褐色肌で白髪の獣人は、ぱちぱちと目を瞬かせ、ついでに側頭部に生えた獣耳もぴこぴこさせていた。

 自身が飲むはずだった飲み物をいきなり後ろから手が伸びて横取りされたかと思えば、振り向いた先に居たヤツがぽしゅんと幼くなって、まず状況確認と思われる問いを投げかけてきたのだ。さすがに最初から想定外過ぎることだろう。

 だが、

「多分当時のエリオットに記憶が遡ったのなら、見たことがあるはずのこの部屋云々よりも俺が大きくなったことを問いただすと思うぞ」

「くっっっっそぉ!!!!」

 繕っていた表情が一気に崩れ、心底悔しそうに歪む。

 エリオットの誤算は、目線の高さから推測した自分の年齢が間違っていたことだった。どうやらライトから見るに、既に二人の出会いからある程度は経った頃のサイズのようだ。

「記憶無いフリして幼いからこそのボディタッチあれこれを享受しようと思ったのに!!!!!!」

「一応言うが俺の理想年齢まで若返る薬だからな、ボディタッチを受け入れて貰えるほど幼くなってないぞ」

「お前のストライクゾーン何歳!!!!!」

「見た目だけなら十二から十四歳だな」

「その台詞をクリスが聞けばいいのに!! そして殴られればいいのに!!!!」

 平然と言ってのける白衣の男に、十二歳程度の少年は声がわりのしていない可愛い声で叫んだ。

 残念ながら変態を滅してくれる潔癖少女はこの場に居ない。今日到着する予定で、だからこそエリオットはこの親友のもとに遊びに来たのだが、今この時点にクリスが間に合わなかったことをエリオットは無念を通り越して腹を立てた。

 コイツのこーいう発言を聞き逃しておいて、たまたま聞いた俺の発言に噛み付いてくるんだから不公平だ。俺のほうがまともだ。聞いてないクリスが悪い。そういう思考によるものである。

 タイミングの問題以前に変態発言をする頻度の差で、爆弾度合いで言えばエリオットのほうがマシなのだからライトくらいの頻度に抑えればそこまでは噛み付かれないはずだ。つまりやっぱりエリオットが悪いのに、彼の自己肯定レベルが高すぎてそれを自覚することを許さない。大抵を人のせいに出来てしまう思考は傍迷惑だが当人はある意味幸せだ。

 

 

 

「すごいですね~、何がすごいって服まで一緒に小さくなるのがワケ分からなくてすごいです」

「飲むことで周辺に術式が発動する、と言えば分かるか。正確には服の素材も若返っているんだ。ほら、見るといい。単にサイズが小さくなるわけでは無いから部分部分で布が突っ張ったり緩んだりしてしまっている所があるだろう」

「ほんとです!!」

「簡単に言うけど、ただ若返るだけでもすごいのに更に年齢と影響範囲を指定するって前代未聞だからね?」

 『エリオットちっこくなった事案』からしばらく経って、現場に到着したクリスフォウは興味津々でエリオットの服を見ている。少年になったエリオットに対しては最初は驚きはしたものの、すぐにジト目になって、そして存在から目を逸らした。

 見た目に触れて貰えないエリオットはマネキンのような扱いを受け、憮然とした表情で衣服を触らせている。

「何かもうちょっとあってもいいんじゃねぇの。小さくて可愛いー! とかさぁー」

「私、子どもって好きじゃないんですよ。ましてや今のエリオットさんの見た目って一番腹が立つ年頃じゃないですか」

「中身は変わってないんだからお前の危惧するような子どもっぽさは無いんだよ」

「中身が変わってないなら通常通り腹が立つでしょ」

 フォウが素で失礼なことを言ってエリオットに無言で腹を殴られている。幼くなったとはいえ、このくらいの年ならフォウよりエリオットのほうが力も強い。

「まあまあ、それくらいにしてはどうでしょう~。お茶とおやつが用意出来ましたわ~」

 既に事情は把握済みのレフトが肩に白いねずみを乗せつつ呼びに来たことで、一旦その場の空気はリセットされた。

 レフトクリスと違い「懐かしいですわね~」などと言いつつ、完全に小さな子ども扱いの延長で持ち上げて椅子に座らせようとしたところを「さすがに自分で座れる」と拒否されてしょんぼりしている。エリオットとしてもここまでの子ども扱いをされたら落ち着かないのだろう。

 茶菓子に舌鼓を打ち、一同の口が塞がったことで訪れる一瞬の沈黙。そこでエリオットはごくんと喉を鳴らしたところで気になっていたことを訊ねる。

「ところでライトさ、俺が取らなかったらアレ、自分で飲んでたよな?」

 そう、エリオットはあくまで飲もうとしていた飲み物を奪ったのである。ということは、だ。

「そうだな。他人で試すものでも無いし、まずは自分でと思っていた」

「俺が奪わなければ小さいライトが出来上がっていたのかー……」

 いかつい体格や顔立ちでは無いので、ライトエリオット同様に幼くなったからと言って大きく特徴が変わるとは思えない。

 けれどややキツめの顔立ちなために、それが幼さでやわらぐであろうことは想像に難くなく。

「それはちょっと可愛がりたいですね」

「扱いの差にもムカつくが、お前いい加減にライトの見た目に騙されるのやめろ! 自分好みの年頃に変身させる薬を作るとかやべーヤツなんだからな!!」

「っていうか先生、これどれくらいで効果切れるの?」

「試して計るつもりだったんだ」

 それを聞いて一同が口を噤み、会話でスローペースになっていた食事の動きも完全に止まる。そのせいで、白いねずみだけがもちょもちょとお菓子を食べ進め続けている小さいはずの音がやけに響く。

「戻らないのはさすがにまずくありませんか~、お兄様~」

「戻らないことは無い。体内から成分が排出されれば自然と術式を保てなくなるはずだ。だが、それまでずっと観察下におくことも出来ないからな、出来たら戻った時間を書きとめておいて欲しい。負荷があればそれも」

「驚くほどナチュラルに実験体扱いしやがる」

「そもそも勝手に飲むエリオットさんが悪いんですよ」

 なお、味は柑橘系の果汁のようなものだったらしい。好みの女性に与える予定なのだ、飲みやすさにも配慮されている。

 

 

 

 結局食後に用を足しても元には戻らず、騒ぎになると分かっていながらエリオットは一旦城へと戻った。むしろ騒ぎにしたくて戻ったと言っていい。

 にやにやしながら城内を歩いている貴族の身なりをした少年を、皆が「誰だ」と思いはするものの、顔立ちが王に似ていることもあり迂闊に排除など出来やしない。あっという間に城内に広まった話を聞きつけたレイアが直接聞いて確認することでエリオットだと判明し、報告を受けた王と王妃に猫可愛がりされているうちに戻ったのだった。

「小さくなったならこういう、と想像していたような扱いをくれたのが結局親だけっていうのはどうなんだろうなぁ」

 レフトも子ども扱いしてくれたがアレは何か違う。可愛がってくれたというよりも、どちらかといえば幼稚園の先生が幼児にやるような保護的な扱いだった。エリオットは十二歳相当の大きさだったというのに。

 エリオットのそんな愚痴のような呟きを聞かされたレイアは「本当は私も可愛がって差し上げたかったのですが」という言葉を飲み込んで、きっと事実で、慰めにはならない答えを返す。

「いくら外見が子どもでも中身が大人だと分かっているならば、それでもなお相手を子どもだと思える関係性でなければ素直に子どものように可愛がることは難しいのでしょう」

 いくつになっても、親にとって子どもは子どもだ、ということである。

――END――

時系列は第三部完結して半年後(つまり、クリス達が旅に出て最初の出戻り)くらい。

+  バレンタインSS 2015年ver(クリックで展開)

 

【箱庭 バレンタインSS 2015年ver】 2015’2.14

 旅の途中で寄った町が、何だかとても浮かれている。

 商店はピンクとブラウンで飾られて、ハートの装飾品があちこちにぺったんこったん。

 それらの雰囲気に違わぬ華やかさで文字通り「色めく」女性達が、青年の額の瞳には映っていた。

 ああ、そうか。

 今年ももうその時期なのだ。

 そういう色恋イベントとは縁の無い身で、しかも町を拠点とせずにもっぱら野山を歩き回り旅をしている彼にとって、さらりと流す程度のイベント。

 恋人の居ない男性には関係の無い、むしろ存在しなくて良い日。

 バレンタインデー。

 そんな彼に唯一チョコレートをあげてもいいのでは、と思われる旅の供は、青年と同じようにバレンタインデーの装飾を見ながら、だがしかし青年とは違ってうきうきとチョコレートを物色している。

 そう、自分の為に。

 ついでに言うと、彼女の(一応の)意中の相手である元・王子は、こちらはこちらで別の店でチョコレートを物色していた。

 この男の場合は製菓材料のコーナーに居て、何をしたいのか予想はつくが想像はしたくない状況だ。

 そこへ、男性の中音域の声ががさつに響く。

「おい、フォウ

 フォウと呼ばれた、額に第三の目がある異質な青年は、その呼び声の主である居る長い金髪の男のもとへ向かう。

「何さ、王子様」

「いい加減その呼び方直せよ、危ないな」

「ああ、ごめんごめんエリオットさん。で、何?」

 この元・王子の本名はよくある名前の為、隠さなくてはいけないはずの身でありながら、いつもそのまま本名を名乗っている。

 フォウがそう問うと、エリオットが左右にある店を交互に指差して言った。

「そっちとこっちの製菓用チョコレート、どっちが良い物に見える?」

「何でエリオットさんとそんな会話しなきゃいけないのさ!」

 少なくともフォウ達は、チョコレートを物色する側の性別では無い。

「女同士みたいにキャイキャイ騒ぎたいわけじゃねーっつの。どっちが本当に質がいいのか見分けて欲しいんだよ、俺には流石に分からん」

「……右の店」

「おー、あんがと。作ったらお前にもやるよ」

「嬉しくない」

 どうせこの男は、菓子店巡りに夢中になっているもう一人の連れに作ってあげるつもりなのだ。

 彼女は甘い言葉には釣られないが、甘い食べ物には全力で釣られる。

 彼女の気を惹きたいのならば、確かにこういうイベントを利用して餌付けするのがうってつけだろう。

 かと言ってエリオットのように(料理テクニック的な意味での)女子力を上げて手作り菓子で餌付けしようなど、フォウはまかり間違っても思わないが。

 餌付け対象である旅の(小動物を除いた)紅一点は、フォウの視界の端でうろちょろとお菓子を試食し、悦に入っている。

「んむぅ、これも美味しいですねぇ」

 口の中で蕩けているはずのチョコレート。

 それと同じように表情を蕩けさせる彼女。

「その辺にしておきなよクリス。夕飯が入らなくなるよ、町での久しぶりの食事なんだから」

 まるで母親みたいな小言を投げかけながらフォウが近付くと、クリスはぷぅと頬を膨らませ、しかめっ面を彼に向けた。

「試食は食べないと勿体無いですよ」

「大抵お金出すの俺なのに、どうしていつまでもそんなに貧乏性なの!」

 その特殊な力のお陰で王子以上に金に不自由しない三つ目の青年は、目の前の女の子のがめつさにツッコまずには居られなかった。

 すると責められた彼女は、こう弁明する。

「だってフォウさん、お金出した分はぜーんぶ貸しじゃないですか! どうせ返す気もアテも無くてもやっぱり重いんです!」

「あのね、あれはクリスが気にすると思って『貸し』にしてるだけで、そんなに言うなら普通におごってもいいんだよ?」

「いや、おごって貰い過ぎても気になりますし」

「……我儘だなぁ」

 フォウクリスを窘める事を諦め、その場からすっと距離を置いた。

 男も女も、自分の連れはどうしてもこうも自由過ぎるのか。

 一人で旅をしていた頃に比べたなら賑やかで楽しい事は確かだが、他人と行動を共にし、合わせると言う事は、数年経った程度ではまだまだ慣れない。

 それくらい、孤独が長かった青年にとっては悩ましい事だった。

 

 

 

 バレンタインデー当日。

 この町での滞在は今日が最後。

 荷をまとめて次の目的地へ向かわなくてはいけないと言うのに、クリスの荷物は片付いていない。

 クリスは宿の室内にチョコレートの包み箱を散乱させた状態で、その中心に座っていた。

 まるでクリス自身もプレゼントであるかの様にその光景と一体化しており、見ている分には可愛らしい物に埋もれている可愛らしい女の子。

 だが、可愛いだけで済まされる問題では無いだろう。

クリス……チョコレートはそんなに持って行けないよ」

 旅の荷物は厳選する。

 これは基本だ。

「待ってください、出発までには食べ切りますから」

「食べ切るの!? この量を!?」

 チョコレートの箱の数は、十を超えている。

 二十個はあるかも知れない、三十個はあって欲しくない。

 そこでクリスはその中から無造作に一つの菓子箱を取り出し、フォウへと差し出した。

「確かに買い過ぎたかも知れません。フォウさんも少し食べていいですよ」

「うん……」

 手渡されたチョコレートの包み箱は、一見、他の箱と大差無い作りの物だった。

 けれど、その一つだけが他の箱とは違う「色」を帯びている事が、青年には見えてしまっている。

 昔の彼ならきっとここで『素直じゃないね』『最初からこれを俺に渡すつもりだったんでしょ』なんて、複雑な乙女心を踏み躙る言葉を発していた事だろう。

 嘘が見えてしまうからどんな嘘でも嫌いだった青年は、その可愛い「嘘」を愛おしく思えるくらいには大人になっていた。

 人の、正直では無いところも愛せるくらいには大きくなっていた。

 だから、

「ありがとう」

 野暮な指摘なんてしない。

 ただ微笑んで、そのチョコレートを受け取る。

 そのチョコレートにどれくらいの大きさの想いが詰まっているかも、見えている。

 それはほんの小さな想いで、彼女が以前(現在では無い)誰かさんに向けていた「その感情」と比べたなら微々たるものだけれど……

 大切な人からの好意は、ほんの少しでも嬉しかった。

「あ、フォウさん。そういえば」

 小さな幸福の余韻に浸っているフォウに、クリスが更にチョコレートの箱達の奥の方からごそごそと何かを取り出す。

「ん?」

「これ、エリオットさんがフォウさんにって」

 クリスから渡されたのは、手作りのはずなのに何故か丁寧に包装されたバレンタインの箱。

 バレンタインには似つかわしくない、どす黒い「色」を纏う、箱。

「……何か、凄く嫌な色が見えるんだけど、エリオットさん、この中に何を入れたんだろう」

 それが悪い物である事は分かるのだが、中身を完全に透視する能力はフォウには無い。

「普通に考えたらチョコレートですけど、大きいですねこの箱。ちなみに私はチョコレートの焼き菓子を貰いました」

「焼き菓子でこの嫌な色……だとしたら毒でも入ってるとしか思えないよ」

「性格の悪いエリオットさんでも、それは流石に無いでしょう」

「俺もそう思うけど……」

 悪意の「色」を纏った、同性からのバレンタインプレゼント。

 嫌々ながらも開けるしかないフォウは、開けた直後に硬直する。

 クリスも、固まった。

 その箱から出てきたのは、それはそれは上手にクリスを模ったチョコレート像だった。

 しかも全裸。

 おまけに、何故か胸だけは実物と違い、大きく作られている。

 こんな物を自分にどうしろと言うのか。

 フォウは黙ってその箱を包み直した。

 クリスの視線が、痛い。

フォウさん……それ、どうするつもりですか?」

 どう答えるのが正解なのか。

 食べると答えても怒られそうだ。

 捨てると答えても怒られそうだ。

 八方塞がりになった三つ目の青年は、元・王子の思惑を知り、怒るを通り越して呆れていた。

 自爆してまでも、彼はフォウの足を引っ張りたいらしい。

 しかしこの箱を開けてしまった以上、もう諦めるしか無いだろう。

 フォウは、小さく、小さく、訊ねた。

クリス、これ……要る?」

「ッッ要るわけが無いでしょう!!!!」

 二人の関係が一歩進んで三歩下がる、そんなバレンタインデー。

 ちなみに像を作った張本人であるエリオットも、この後みっちり怒られたそうな。

【完】

 

+  バレンタインSS 2014年ver(クリックで展開)

【バレンタインSS】 2014’2.14

 恋する乙女が好きな人にチョコレートをあげる日だとか、はたまた友達にチョコレートをあげて即日交換してしまう日だとか、もはや定義があやふやになっているイベント。

 そう、バレンタインデー。

 昨年はクリスが無理矢理「男どもが女性陣をねぎらう日」にして、エリオットに豪華なケーキを作らせていたのだが、さて、今年はどうするつもりなのかこの少女。

 バレンタインデー前日。

 クリスはチョコレートを売っている露店を眺めながら悩んでいた。

 昨年は強引に「貰う側」になったが、そういえばそのお返しを一ヶ月後にし忘れている。(←主に作者の都合)

 となると、一年越しではあるが今年はきちんとあげるべきでは無いのだろうか。

 そう頭の中では分かっているのに、彼女の手は商品に伸びない。

 ずっと、眺めているだけ。

 それは、とある理由によるものだった――

 クリスは結局何も買わずにライトの家に戻り、借り部屋の飾りっ気の無いベッドに腰掛ける。

 困った。

 バレンタインデーは明日なのに何も用意出来ていない。

 否、エリオット同様に女性陣に尽くしてくれたライトフォウの分は、きちんとチョコレートを買ってある。

 買ってないのは、エリオットの物だけ。

 というのも、エリオットは城暮らし。

 クリスのお小遣いでどんなに高いチョコレートを買おうとも、彼の普段の食事レベルからして大した物をあげられないのだ。

 つまり、粗末な物をあげる、ということに気後れしているらしい。

 では、チョコレート以外に、何かエリオットが欲しい物をあげたら良いので無いか?

 そうは考えてみたものの、彼は金で買える物ならば、一言欲しいと言うだけですぐに手に入る。

 これも却下。

 どうしたらいいのだろうか。

 これほどバレンタインデーに物をあげにくい相手も居ないと思われる。

 最終手段として「手作り」という方法も残っているが、あの男、手作りの品なんて渡したらケチをつけてきかねない。

 まだ作ってもいないチョコレートをけなされる図を想像して、クリスは傍にあった枕に八つ当たりをした。

 腹が立つ。

 本当にあの男はろくでもない。

 この件に関してはまだ何もしていないのに、影で一方的にろくでなし扱いされる王子だった。

 やがてクリスの枕の形が、元に戻るのにしばし時間が掛かるくらいにけちょんけちょんになった頃。

 他の方法が思いつかない以上、不服だが手作りという最終手段しか無いのでクリスは台所に向かう。

 そこにはレフトが居たが、事情を説明すると快く場所と材料を提供してくれた。

 隣で調理指導をしつつ、レフトはその後の自分の城……つまり台所の惨状から、頑張って目を逸らしたとかどうとか。

 普段料理を作らない人間に作らせると、大抵凄まじく汚されるものだから。

 

 

 

 バレンタインデー当日。

 クリスは先に、ライトフォウへ、事前に用意していたチョコレートを渡した。

 あと、エリオットに作った物の余りも「ついで」としてあげた。

 かなり雑な扱いのような気もするが、彼らは本命が誰なのかきちんと分かっているので特に不満に思うことも無く、くれたことに対して感謝していた。

 二人とも、人間が出来ているのだ。

 これでクリスは、昨日作った物をエリオットに渡すだけ。

 どう言って渡そうか。

 何て言われるだろうか。

 城を訪問し、エリオットを待つ間、クリスの頭の中でその二つがぐるぐる回る。

 いやだ、こわい、帰ってしまいたい。

 別に本命としてあげるわけでは無く、あくまで「昨年のお返し」。

 にも関わらずここまで少女に不安に思わせるのだから、普段のエリオットの態度がどれだけ酷いのか察するに容易いだろう。

 もう少し優しく接して貰えていたなら、クリスだってこんなに不安にはならないはずだ。

 折角フォウが「チョコあげに行くなら服くらい気を遣おうよ」と急遽買ってくれて、レフトが「仕方ありませんわね~」と着付けてくれた可愛い服と髪飾りも、あのエリオット相手にはマイナスイメージしか湧かない。

 何を着てもエリオットにはバカにされたことしか無いクリスにとっては、素直に褒めて貰える想像がちっとも出来なかった。

 クリスがもう泣く寸前なところで、ようやく応接間にレイアが入ってくる。

 エリオットの時間が空いたらしい。

 エリオットの部屋へ案内されている間、無言に堪えかねてクリスレイアに話しかけた。

レイアさんはエリオットさんにチョコあげましたか?」

「いや、あげてないよ」

「え!?」

 何気無しに聞いただけなのだが、予想外の返答にクリスはただ驚く。

 レイアは当然、あげたと思っていたから。

 そのクリスの反応はレイアにとっては予想通りだったようで、彼女は理由を述べた。

「従者が王子に義理の品だなんて失礼な物を渡すわけにはいかないからね。だからといって本命となるともっとまずいんだ。だから私は、あげたことは一度も無いのさ」

「そう、なんですか……」

 クリスは、自分の場合は義理を渡しても失礼にならないのだろうか、と少しだけ心配になる。

 どう考えても本命の品なのだが、当人の中ではどうやらその手の中の箱は、義理という名目らしい。

 エリオットの部屋まで着いて、レイアは「ゆっくりしていくといい」とまた職務に戻っていった。

 クリスは自分でエリオットの部屋のドアを開け、中に居た、大層ご機嫌な王子にまず挨拶をする。

「こんにちはエリオットさん」

 渡す予定のラッピングされた箱は、後ろに隠しながら。

 けれど、

「隠すならカバンの中に入れてくるとかしろよ、バレバレだ」

「わあああん!!!!」

 年相応に色恋沙汰を恥ずかしがっている少女に対し、無遠慮な指摘をする駄目な成人男性。

「昨年はあれだけ俺にさせたんだ、マトモな物持ってきたんだろーな?」

 しかも、さらりとハードルを上げてくる。

 鬼がいる。

 クリスはもう引っ込みがつかなくなって、売り言葉に買い言葉で応戦してしまった。

「マトモですよ! 貴方が食べないなら私が食べます!!」

 と言って、持ってきたプレゼントの箱を自分で開封する。

 流石にこのクリスの行動を予測出来ていなかった王子は、慌てて席を立った。

「おいおいおいおい!」

「あげません! 貴方にはもうあげません!!」

「俺が悪かったです! 何作ったんだか分からんけどせめて一口くらい食べさせてください!!」

 エリオットが下手に出ることでようやくクリスの気がおさまる。

「……じゃあ、どうぞ」

「どうもありがとうございます」

 開封された箱の中から出てきたのは、チョコレートケーキだった。

 少なくとも、多少の手間をかけたことは伺える品。

 レフトの指導が良かったのだろう、台所はかなり汚したにも関わらずケーキ自体は綺麗な見た目をしている。

 粉糖も均一に振り掛けられ、カットされた断面もきめ細かく整っていた。

 クリスはそのまま素手でケーキを掴んで、エリオットに向ける。

 エリオットとしては、一瞬頭の上にクエスチョンマークが浮かんだが、これはこのまま食べろということだと判断して、そのまま口を寄せて噛り付いた。

 結果として「食べさせてあげます、はい、あーん♪」なシチュエーションになっていたのだが、クリスはそういうつもりでは無かったようで、むしろそれよりもエリオットの反応が気になっているらしく彼を真剣に凝視する。

 そんなに見つめられながら食べるというのはかなり気まずい。

 複雑な心境で咀嚼し、多分感想をすぐに言わないと怒られるような気がした王子は、口の中の物をきちんと飲み込んだところで一言。

「美味しい」

 もっと気の利いたことを言えたら良かったのかも知れないが、他の言葉は浮かばなかった。

「本当ですか?」

 当然、クリスエリオットの言葉を信用出来ずに問い返す。

 そして、自分の手の中にある、残りのケーキを自分の口に運び、ぱくんと残りを全部突っ込んだ。

 何をやっているんだ、と真っ白になって言葉が出ないエリオット

 もっきゅもっきゅとケーキを食べ、クリスエリオットにまっすぐ顔を向けて言う。

「本当ですね、ちゃんと美味しいです」

「味見して来なかったのかよ!?」

「しましたけど、エリオットさんが食べた一切れが美味しいかどうかは別でしょう」

「別じゃねえ!!」

 本当に一口しか食べさせて貰えなかったエリオットだが、この後、箱の中から更に出てきた残りのケーキを見て安堵し……今度はきちんと二人で、テーブルを囲んで紅茶と共に美味しく頂いたのだった――

 

 

 

「ところでお前その服、どうしたんだ」

フォウさんが買ってくれました」

「だと思ったんだ!! 他の男が買った服なんて着てくんなよ!!」

「ええええええ」

 クリスの普段着とは程遠い「可愛い服」は、他の男の影が見えて結局褒めて貰えなかったとさ。

【おしまい】

フォウ「そこまで面倒みきれないよ!」

 

 
・後日談(大元小説の展開での後日談になります)
https://ao-san3.blog.jp/archives/1063453662.html

・赤い糸(ここからはなろう版後のものです)
https://ao-san3.blog.jp/archives/1078652635.html

・口直しの異世界転生
https://ao-san3.blog.jp/archives/1078652457.html

・異世界転生で遺された側の話
https://ao-san3.blog.jp/archives/1078760128.html